世間と自身にとっての「成功」の定義の違いの狭間で

 テレビドラマに出演することで、周囲の目が変わったことも不本意だった。

「それまでは“へぇ〜、芝居やってるんだ”みたいな感じだったのが、“テレビに出てるの!? すごい、芸能人じゃん、女優さんじゃん”なんて言われて、すごくつらかったです。テレビに出たいから役者やっているわけじゃないし、仕事では結果を出せない。
 一般的には、バイトをしながらオーディションを受けて舞台に立っていたころを“下積み時代”と言い、テレビや映画に出演することを“成功”と呼ぶのでしょうけれど、わたしにとっては、自分で役を勝ち取って、たくさんお稽古をして舞台をやっていたころの方が楽しかった。でも、やっと映像で楽しさを感じられる役に出合うことができたんです」

 1999年の1月から放送された連続ドラマ『リング〜最終章〜』と『らせん』(フジテレビ系)は、大ヒットした映画『リング』のドラマ版で、木村は「山村貞子」を演じて、視聴者の話題をさらった。

「貞子というキャラクターを作っていく中で、わたしが好きなのは、作品や役のことをずっと考えている“本番までの時間”なのだと気づいたんです。それは、舞台であっても、テレビ、映画であっても同じなのだと。それから、役を演じることが少し楽しくなりました。だから、貞子はわたしのCHANGE1.5ですね」

──1.5? まだ2つめのCHANGEではない?

「まだです(笑)。 ’03年にテレビドラマ『白い巨塔』(フジテレビ系)で林田加奈子役を演じさせていただいたのですが、自分としては、どのシーンも“もっとこうすればよかった”“違う表現があったんじゃないか”と悔やむことばかりだったんですね。
 でも、幸い評判がとても良くて、撮影が終了した後にプロデューサーの方から“とてもよかった”とお手紙をいただいたりして、“自分では納得できていなくても、一緒に作った方たちや、見てくださった方が評価してくださるのなら、芝居にはいろいろ答えがあるのかな”と、少しだけ自信を持つことができました。そして、たまたまこのドラマをごらんになっていた橋口亮輔監督が映画『ぐるりのこと。』(2008年)にキャスティングしてくださったんです」

 この出合いが、木村多江の2つめのCHANGEにつながることになる。

木村多江(きむら・たえ)
1971年3月16日生まれ。東京都出身。学生時代から舞台に立ち、’96年にドラマデビュー。’08年公開の主演映画『ぐるりのこと。』で、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞、ブルーリボン賞主演女優賞、高崎映画祭最優秀主演女優賞を受賞。主な出演作はNHK連続テレビ小説とと姉ちゃん』、『あなたの番です』(日本
テレビ)、『忍びの家 House of Ninjas』(Netflix)など。NHK Eテレ『木村多江の、いまさらですが…』ではMC、NHK BS『美の壺』ナレーションを担当。

●ドラマ情報
特集ドラマ『昔はおれと同い年だった田中さんとの友情』
https://www.nhk.jp/g/blog/vhjq2ehsjpu/
8月15日放送予定

原作:椰月美智子「昔はおれと同い年だった田中さんとの友情」
脚本:櫻井剛
音楽:小山絵里奈
出演:中須翔真、岸部一徳、木村多江、森永悠希 ほか