これまで執筆した原稿用紙を積み上げると、御本人何人分の高さになるのかーー。80年代から90年代にかけて「月刊北方」と呼ばれるほど多くの作品を生み出し、最近では御年77歳で2018年から続いた『チンギス紀』の最終巻である17巻を上梓、今年は1月から5月まで伝説の剣豪小説『日向景一郎シリーズ』を5か月連続刊行する。精力的に生き続ける作家・北方謙三さんのTHE CHANGEとは。【第3回/全5回】

ラフなロンT姿と似つかわしくない、生気みなぎる眼光をカメラに向ける北方謙三さん。文芸担当の編集者は「写真を撮りますと伝えたのに、ロンT……」と困り顔だが、あまりあるダンディズムはロンTでちょうどいいくらいに思える。代名詞でもあるハードボイルド作品をはじめ、そんなご本人と相まって北方さんが生み出す主人公の男たちはとにかく“かっこいい”。
「男たるものーーみたいな言葉がありますが、そのあとに続く言葉なんてないですよ。俺は、“男たるもの、俺を見ろ”と言うだけですね。男たるもの、に答えなんてないですから。人それぞれ違うわけだから、俺が聞かれたら“俺を見ろ”と言うだけ。そんなものです。それをね、“男たるもの◯◯”なんていうふうにやってしまうから、ハウツー本みたいになってしまう」
現在5か月連続刊行中の伝説の剣豪小説「日向景一郎シリーズ」の、どんな強敵でも多勢でも確実に仕留める主人公、最強の剣士である日向景一郎も、男の憧れが具現化した存在といえよう。
ーー1巻『風樹の剣』で初めて真剣に対峙したとき、恐ろしさゆえに失禁するなど臆病さを強調して描かれていました。その後、好意を持って近づいてきた役人を手合わせ中に殺め、その妻を犯すことで“けだもの”と化し、規格外の強さを発揮していくこととなります。
「臆病もひとつの資質なんですよ。臆病じゃない人間は斬られちゃうから、臆病だから皮一枚で交わすんです。“一寸の見切り”といってね。見切ることができるようになったら、動かない状態が一番隙がないわけです」
じりじりと対峙し、そのまま翌日になり相手が体力・精神力の限界に達したのか剣を交えぬまま絶命してしまうという、壮絶な場面も描かれている。一方で、剣を構えない景一郎もまた魅力的だ。土を掘り黙々と焼き物を作り、海に潜り鮫を仕留め砂浜で豪快に食らい、女を抱く。ときに「けだもの!」と泣き喚かれても構わず貫く。
「食欲と性欲は時代関係ありませんからね。ここではセックスをいっぱい書いているけど、全部願望ですよ。あんなに強かったらすごいじゃない」