「心で芝居すればいい」と言っていただきました
――現役なことにまず驚きますが、緊張して当然の大先生ですね。
「本当に聡明でいらっしゃいますし、物腰も柔らか。石井先生はホームドラマをとても大事にされているのですが、“あなたらしくやればいいのよ。心で芝居すればいい”と言っていただきました。私は自分の芝居がそんなにうまいと思ってはいないので、“心で”という言葉にちょっとホッとしました。それに、それが一番大事なんだろうなと」
――神髄ですね。
「それから、向田邦子先生の本がむちゃくちゃ面白いというか、グッとくるんです。登場人物、ひとりひとりのセリフ、すべてがいいセリフですし、私は一家の母をやらせていただいているのですが、家族の中の会話がすごくよく分かるんです。本を読んでいるだけで、家でボロボロ泣いちゃいました。ちよの縁談相手を演じる羽場(裕一)くんも、“泣いちゃったよ”と言ってましたね」
※向田邦子・・・1929~1981。脚本家、エッセイスト、小説家として活躍し、『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』『阿修羅のごとく』などを生み出した。
――これだけキャリアのある久本さんにとっても、いいチャレンジになりそうですね。
「自分の引き出しが増えるかなとワクワク、ドキドキしています。ありがたいことに、いままで本当にいろんな舞台に出させていただいてきました。みんないい本で役でしたが、私の役割というのは、“こういう言い方をしたほうが笑いが取れるな”とか“ここでちょっと暴れてみようかな”と、どうやったらおもしろくなるか、笑ってもらえるかを、さらに膨らませていく感じでした。でも今回は、“余計なことはしないでおこう”と。いつもの久本みたいに暴れてくれるかなと思ってくださる方もいらっしゃるかもしれないけれど、今回は逆の覚悟をしてきてねと」

――こんな久本さんも見られるんだと。
「今までは役を自分に近づけていました。だけど今回の片倉ちよという役は、どれだけ自分が役に近づけるか。本当にチャレンジになると思います。この舞台で、この役柄で新しいチャレンジ、チェンジができたら、第2の扉が開けたらいいなと思っています」
――役者、久本さんの第2の扉。
「私はずっと舞台を大事にしてきました。もともと舞台をやりたくて東京に出てきたわけですから、生涯現役を目標にやり続けるなかで、今回、本当にいい意味でチェンジになるんじゃないかなと。こういう久本もいるんだと思っていただけるようになったらうれしいです」
キャリア十分の久本さんだが、ここから俳優として第2の扉を開くという言葉がなんとも頼もしい。そして久本さんなら、実現していってくれるだろう。
(つづく)
久本雅美(ひさもと・まさみ)
1958年7月9日生まれ、大阪府大阪市出身。劇団東京ヴォードヴィルショーを経て1984年に同劇団員だった演出家の喰始、柴田理恵や佐藤正宏らとWAHAHA本舗を設立。昨年、40周年を迎えた。85年のトーク・コントバラエティ番組『今夜は最高!』への出演をきっかけに、バラエティ番組を中心にタレントとしても一気に人気を獲得していった。テレビではタレント、MCの印象が強いが、WAHAHA本舗以外も松竹新喜劇への定期的な出演など、演劇分野でも活躍している。最新主演舞台『花嫁 〜娘からの花束〜』では名プロデューサー・演出家の石井ふく子と初タッグ。ホームドラマに挑戦している。
●作品情報
松竹創業百三十周年『花嫁 ~娘からの花束~』
作:向田邦子
演出:石井ふく子
出演:久本雅美、羽場裕一、小林綾子、丹羽貞仁、上脇結友、瀬戸摩純、石原舞子
製作:松竹株式会社
公式サイト: https://www.shochiku.co.jp/play/schedules/detail/mitsukoshi_2506/