役者としての最後が「すべてのセリフを棒読みにしたい」理由とは
中井には、こちらの世界ではかなうことのない目標があるという。
「小津先生に演出を付けてもらうことです」
小津作品には“小津調”と呼ばれる独特の画角やスタイルがあり、その中のひとつに、俳優がセリフに感情を込めない、いわゆる棒読みにするというのがある。
「今回の舞台『先生の背中』にも取り入れられていて、小津作品をご覧になったことがない方は、どうしてみんな棒読みなんだろう? と思う方がいらっしゃるかと思うのですが、僕は役者人生の最終的には、すべてのセリフを棒読みにしたいと思って、役者を続けているんです」

中井貴一は、セリフの表現の幅が非常に広い俳優だ。
例えば、2025年3月まで放送されていたNHKの『サラメシ』のナレーションでは、お茶目で弾けたトーンから、しっとりと故人をしのぶトーンまで披露してくれたし、現在放送中のドラマ『続・続・最後から二番目の恋』(フジテレビ系)の長倉和平役も、困ったり、驚いたり、情けなかったり、かっこよかったりと、キャラクターの幅の広さが大きな魅力。
なのに、すべてのセリフを棒読みにしたいとは……。
「例えば、抽象画で有名なパブロ・ピカソは、実は非常に写実がうまいわけです。それと同じことで、あらゆる表現ができるうえでの棒読みと、何もできない棒読みは、明らかに違うはずなんです。ですから、いま僕がやっているのは、とにかくいろいろなことができるようになること。そして、65歳を過ぎるころにまだ役者をやっていれば……あと2年ですけど(笑)……身につけたものを捨てる作業に入ろうと思っています」
(つづく)
中井貴一(なかい・きいち)
1961年9月18日生まれ。東京都出身。1981年に映画『連合艦隊』で俳優デビューし、日本アカデミー賞・新人俳優賞を受賞。ドラマ『ふぞろいの林檎たち』シリーズ(TBS系)で人気を集め、数多くの映画、ドラマ、舞台で活躍。近年の主な出演作は、舞台『月とシネマ2023』、リーディングドラマ『終わった人』、ドラマ『ザ・トラベルナース』(テレ朝系)、『続・続・最後から二番目の恋』(フジテレビ系)、映画『大河への道』(2022)、『海の沈黙』(2024)などがあり、2025年8月15日公開の映画『雪風 YUKIKAZE』が控える。
ヘアメイク:藤井俊二
パルコ・プロデュース 2025『先生の背中〜ある映画監督の幻影的回想録〜』
【作】鈴木聡 【演出】行定勲
【出演】中井貴一/芳根京子 柚希礼音 土居志央梨 藤谷理子 久保酎吉 松永玲子 山中崇史 永島敬三 坂本慶介 長友郁真 長村航希 湯川ひな/升毅 キムラ緑子
【東京公演】6月8日(日)〜29日(日) PARCO劇場
【大阪公演】7月5日(土)〜7日(月) 森ノ宮ピロティホール
【福岡公演】7月11日(金)・12日(土) J:COM北九州芸術劇場 大ホール
【熊本公演】7月15日(火) 市民会館シアーズホーム 夢ホール
【愛知公演】7月19日(土)・20日(日) 東海芸術劇場 大ホール
公式サイト:https://stage.parco.jp/program/senseinosenaka/