1985年から5年間にわたり、宝塚歌劇団で月組の男役トップスターを務めた剣幸さん。『南太平洋』『ME AND MY GIRL』といった世界的名作にも出演し、退団後も数多くの舞台で活躍。ディズニー映画『塔の上のラプンツェル』(2011)では声優としても高い演技力を披露した。表現者としての実力は折り紙付きだが、その実、本人はずっと自信がなかったという。【第2回/全3回】

剣幸 撮影/河村正和

 富山県で生まれ育った剣さんは、地元の工業高校に進学した異色の経歴。「自分がまだ何者でもないところから何になりたいかを考える時期、普通高校ではなく工業高校を選んだことに、小さな転機があったんだと思う」と振り返る。

「昔から何かを作るのが好きで、インテリアデザイナーや建築関係に興味がありました。でも、工業高校で入学できたのは設計計測科という精密部品の製図をする科。図面の書き方を3年間教わる場所で、思っていたようなクリエイティブな世界とは違うなと……。
 改めて自分がやりたいことを見つめ直していた時、宝塚を受験するという友人がいて、自分も歌ったり踊ったりするのは楽しそうだなと思ったんです」

 当時の決断を「3年間、音楽の授業がなかった学校なのに、音楽学校を受験する無謀っぷり」と笑う剣さん。「でも、工業高校に飛び込んだからこそ気づけた、新たな道でもある」とも振り返るが、その友人は結局受験せず、1人で宝塚を目指した。