今年4月、武論尊さんは自身の創作の秘密や哲学を明かした最新刊『悪と嘘を描く 武論尊の漫画原作私論』(小学館)を上梓した。同書の中でも後進へ向けた真摯なメッセージが綴られているが、その情熱を最も直接的な形で体現しているのが、故郷・長野県佐久市で開講した「武論尊100時間漫画塾」だ。なぜ彼は、出版の中心地である東京ではなく、地方で教鞭をとる道を選んだのだろうか。【第1回/全6回】
飾らない「町おこし」から始まった漫画塾…3年で終わる想定を裏切った“地方に眠る原石たち”
武論尊さんが私財を投じ、「武論尊100時間漫画塾」を開講したのは、日本の出版の中心地である東京ではなく、故郷の長野県佐久市だった。そこには、大掛かりなビジョンというよりも、飾らない「町おこし」の精神があったという。
「もともとは同窓会で会った、佐久の同級生たちからなにかやれよって言われたのが最初なので、町おこし的な形で始まったんです。そこまで大きくするつもりもなかったので、東京でやるという考えは、まったくなかったです。地域限定で生徒もそんなに来ないだろうから、3年ぐらいで終わるかなと思っていたら意外と続いて、何匹かはいるだろうと思っていた魚が、意外といたって感じです」
東京と佐久の若者を比べても、漫画が好きな気持ちに大きな違いはないというが、文化に触れる機会の差からくる「素朴さ」は感じている。かつて、漫画家を目指す若者にとって、出版社へ直接持ち込みができない地方住まいは大きなハンデと言われていた。だからこそ、佐久の地に「さくまんが舎」を構えた意義は大きかった。
「地方はそこの部分が足りなかったから、さくまんが舎で出版社とのパイプができたことが、一番、喜んでもらえたかなと。その意味では佐久でやってよかったと思います。とりあえず、意外と原石がゴロゴロしているかもとは思っていました。2018年に始めてから、これまで30人ぐらいが商業誌デビューしているんで、確率は高いですよ」