38歳未経験からのプロデビューも! 崇高な使命感より「変なのが出てくる期待」を原動力に

漫画塾について語る武論尊さん 撮影/有坂政晴

 実践的な講義を重ねる同塾からは、見事に才能を開花させた塾生も誕生している。その一人が、38歳で漫画未経験からスタートし、わずか2年でデビューを勝ち取り、小説『国宝』のコミカライズを担当するに至った三国史明さんだ。

 しかし、武論尊さん本人は「後輩を育てる」という崇高な使命感だけで動いているわけではないと笑う。

「自分自身が原作者になりたくてなったわけではなくて、気がついたら目の前に門があって入ったらこういう道があったということだったので。田舎に住んでいたらその門があることも知らないから、そういう門を作れば、自分みたいな変なのが出てくるんじゃないかと、そっちの期待が大きかったんです。育てるというより、なにか面白いのが出てくるんじゃないかという。絵を描くということには基本的な能力が必要ですけど、文章や空想の世界は、誰がどう化けるかわからないので」

ファンタジー偏重やメール完結の現状に警鐘…人とぶつかり合う泥臭さこそが創作の血肉になる

仕事場の棚に飾られた北斗の拳グッズたち 撮影/有坂政晴 

 長く漫画界の最前線に立ってきた目から見ると、現在のアニメやゲームに寄せた作品作りや、塾生たちの間でもファンタジー志向が高まっている現状には、あえて釘を刺すこともあるという。

「ファンタジーを書きたがる子が多いんですけど、そっちはレッドオーシャンで競争率が高いからきついぞって言っています。今こそ、ベタな人情ものを描いたほうがいいんだって。編集者も売れているものに寄せて作りがちですけれど、マーケティングに基づいて作るなら、AIでも作れますから。これを言うと古いって言われちゃうかもしれないけれど。ファンタジー系を描いても、ちゃんとした人間ドラマになっていれば、いいと思うんです。ただ、うちの塾生たちもファンタジーにいきたがる子は、結果的にアクションを描きたいんです。ドラマというより、絵。それを一回壊して、地道にストーリーを作れるようになったら、自分が塾をやっている意味もあるのかなと思っています」

 作家と伴走する編集者との関係性も、時代とともに大きく変わった。かつての泥臭い「手作り感」が薄れ、メールのやり取りだけで完結してしまう現代のコミュニケーションのあり方に、武論尊さんは一抹の危機感を覚えている。

作家と編集者の関係性の変化に危機感 撮影/有坂政晴

「直接、会って打ち合わせをしない。編集さんと意見を戦わせたり、お酒を飲みに行ってワイワイやったりもない。これも古いって言われるかもしれないけれど、今、一番、足りないもの、必要なものなんじゃないかと思います。人と話すのが苦手という人たちが増えているのかもしれないけれど、メールのやりとりだけで人間ドラマがうまく描けるのだろうかと。普通に学校に行って喧嘩したり揉めたりして育つのと、メールだけで交流しているのでは、創作のベースになる実体験が違ってくるんじゃないかと思います」

 だからこそ、塾では生徒同士が互いに教え合い、議論する環境を大切にしている。同じ夢を志す者同士が「あーだこーだ」とぶつかり合うことこそが、創作の血肉になると信じているからだ。

つづく