ついにシーズン2が始まるドラマ『VIVANT』(TBS系)、水曜ドラマ『ファーストクライ 母子救命救急班』(日本テレビ系)と、7月スタートのドラマ2本に出演する珠城りょうさん。2021年まで所属した宝塚歌劇団では異例の若さでトップスターを務め、退団後もドラマや舞台で活躍を続けている。そんな珠城さんが、フィールドが変わっても芝居への情熱を燃やしてこられた原動力、そして今の彼女を作ったCHANGEを聞いた。【第2回/全3回】

珠城りょう 撮影/三浦龍司

 約5年にわたり月組トップスターを務め、コロナ禍の2021年8月に宝塚を退団した珠城さん。しかし当時、研鑽してきたはずの芝居や歌を続けられる自信はあまりなかったという。

「若い学年でトップに就任したのですが、周囲からは好意的な意見ばかりではなかったです。頑張れば必ず報われる世界ではないし、無事に卒業できた安堵と周りへの感謝はありましたが、まだどこか心が疲れているような感覚でした。自分の強みも、何ができるのかも分からない状態でした」

──結果的に、芸能活動を続けることになりました。

「その頃に川村会長と出会いました。私にとってはこの出会いが本当に大きくて……昨年亡くなられましたが……私の最大のチェンジでした」

「会長」とはケイダッシュ創業者として長らく芸能界で活躍した故・川村龍夫氏のこと。氏との思い出に話が及ぶと、珠城さんの目からは涙がこぼれた。

「普通、事務所の会長と面談となったら自己アピールをすると思いますが、当時の私はそれができなくて。歌もダンスもお芝居もやってきたし大好きだけど、どれも特別に秀でているわけではないので、会長に“私はこれが得意です、と言えるものはありません”と正直に言いました」