支えになったあの後輩
それが本当におもしろくて、いつもと変わらないもう君に僕は救われて、ゲラゲラ笑いました。笑ってる時って、気持ち悪くないんです。電話を切った瞬間からまた気持ち悪くなるんですけど(笑)、もう君のおかげで、改めてお笑いという仕事は素敵だなと思いましたね。
ほかにも励みになった後輩が、入院中によく動画を見ていたチョコレートプラネット。チョコプラが売れ始めて、(メンバーの)松尾駿と仕事が一緒になった時、楽屋で「僕、ワッキーさんに感謝してるんです」と言うんです。何かと思ったら、「ちょっと前まで芸人辞めようと思ってたんですよ」って。
チョコプラは早い段階でキングオブコントのファイナリストになったものの、それからしばらく仕事がない時期が続いたんですよね。松尾が「いよいよ芸人を続けるのは無理だ」と思った時、何気なくつけた深夜番組『くりぃむナンチャラ』(テレビ朝日系)の企画「Mr.ビーン日本代表決定戦」に僕が出ているのを見て、松尾は「これでいいんだ」と思ったらしい(笑)。僕はただただ変な動きをしているだけだったんだけど、「あれで肩の荷が降りて、それでまたやろうと思ったんです」って言ってくれてね。それ以来、逆にチョコプラのことを追うようになっちゃった。
別に連絡先も知らないけど、入院していた時、確実にチョコプラは僕を助けたくれた人たちです。人って、その時その時を一生懸命頑張っていたら絶対に誰かが見てくれていて、自分がピンチの時に支えてもらうことがあるものだなと思います。
「応援」って、巡り巡ってくるんですよね。僕はずっとJリーグを応援してるんですけど、がんを公表した後、仲の良い浦和レッズ(当時)の槙野智章から1本の動画が送られてきました。キングカズこと三浦知良さんのワンショットで始まり、全国にあるJリーグのチームから僕への激励メッセージをつなげたものです。船橋市立船橋高等学校サッカー部の後輩で、当時大分トリニータ所属(現・ヴァンフォーレ甲府所属)だった三平和司は僕の持ちギャグを披露してくれて、笑いも交えつつ。これは本当に嬉しかったですね。
また元気になってJリーグ見に行こうと思えたし、励みにもなりました。憧れのJリーガーたちが、日本のサッカーを盛り上げようと頑張っていた僕のことを知っていてくれたんだって。僕は病室にいたけれど、「繋がってる」ことを感じられた。1人じゃないんだという勇気をもらいました。
(つづく)