「惜しかったね」「次に頑張ろう」は逆効果? 選手ではないからこそ悩み抜いた“適切な寄り添い方”
「私は選手経験はあっても小学校の頃の話ですし、背番号をもらえないという経験はないんです。それで私が『惜しかったね』とか『次に頑張ろう!』とか、簡単に言っていい言葉ではないですし、私の行動や発言が心の傷をえぐってしまう可能性もあります。そういった中で、普段見ている様子から、各選手の状況を『この選手ならこれで大丈夫だろう』と信じて、適切な寄り添い方をずっと考えてきました」
特に悩んだのが、2年生の冬練習の時期だったという。秋の東北大会、仙台育英は準々決勝で聖光学院(福島)に敗れ、春の選抜大会出場への道を絶たれてしまう。残る甲子園のチャンスが翌年夏だけとなった中での冬の練習期間は、今までにない雰囲気だったそうだ。
「秋を終えて対外試合のできなくなる冬は、チーム内の価値観の違いが出てきたり、モチベーションの維持も難しくなるので、すれ違いやぶつかり合いは避けて通れないんです。そんな中で、私は選手ではない分、どこまで関わっていいんだろうとか、余計なことを言ってしまったらどうしようとか、いろいろと悩みました」
選手に寄り添うことに心を砕き続けてきた2年半。それだけに、苦労を共にしてきた選手と勝利をつかめたことは、大きな喜びだった。
「もちろん、甲子園に行けたというのはうれしいんですけど、もっと正確に言うと、今まで苦労を共にして、それを乗り越えてきた3年生と一緒に甲子園の土を踏んで試合ができたことが、一番うれしかったんです。
野球部に入った当初は、日本一のマネージャーになって、甲子園のベンチに記録員として入って優勝することを目指していました。ただ、ぶつかり合いも含めて2年半、一緒にがんばって、高め合って、支え合った仲間との生活があっての甲子園だったと思うので、3年生と一緒に甲子園に行けたというのが、一番、大きな喜びでした」
試練の冬を越えてつかんだ2026年夏の甲子園大会出場は、選手と共に悩み、歩んできたからこそつかめた栄冠だったのである。
(つづく)