テレ東ほかで放送中のドラマNEXT『溺愛カレシの作り方 ~セから本命になる女の子の話~』(毎週水曜深夜24時30分〜)で主演を務める与田祐希さん。
第3回は、彼女の人生最大の「CHANGE(転機)」である国民的アイドルグループへの加入のきっかけから、アイドル時代の苦悩、そして卒業から1年8か月がたった現在のプライベートでの“驚きの変化”まで、ディープに迫っていく。【第3回/全4回】
本作でコメディエンヌとしての新境地を開いた与田さんだが、もともとはアイドルグループ「乃木坂46」の第3期生として芸能活動をスタートさせた。そのきっかけを聞くと、少し照れくさそうに笑って答えてくれた。
「東京に行ってみたかったんです(笑)」
与田さんの故郷は、福岡県福岡市にある志賀島。人口が1500人足らずで外周も10キロほどの小さな島だ。
「小さいときから学園ものの映画やドラマをよく観てました。私が中学生の頃には『アオハライド』とか『ちはやふる』とか、ラッシュで流行っていました。それらを観て、東京ってこんなキラキラした感じなんだって、ずっとぼんやりとした憧れがありました。
でも親に相談しても『自分で稼いでからにしなさい』(笑)って言われて行けなくて。そんなときに乃木坂46のオーディションがあると知って、受かったら交通費が出るって募集要項に書いてあったので受けました」
上京してから、「最初の5年間は頑張ろう」と思ったそうだが、“5年”という目安について尋ねると、「私、ほんとにモノゴトが続かないタイプで」と苦笑交じりに説明してくれた。
「中学のテニス部も最後の大会前に辞めちゃったし、習い事もあまり長く続いたモノがない。わりと飽き性で諦めが早いタイプで、それがコンプレックスでもありました。続けられない、根性がないというか。だから5年続けられたら、自分を褒められるかなって思ったんです。
でも、アイドルが好きだとか、ダンスをやっていたとかもないし、写真を撮られたり表に出てしゃべるのも昔は正直苦手だったので、5年間は頑張ろうというのは漠然とした思いでした」
「私の人生の最大の転機は、間違いなく乃木坂46に入ったこと」——見つけた居場所と現在のプライベート
加入した最初の頃は、決して楽しいことばかりではなかったという。
「正直、辞めたいって思ったことはありました。でも、ファンの人や応援してくれる人がいて、ここで辞めたら後悔するだろうなっていう思いはすごくあったので、自分が納得するまでは、加入して良かったと思えるまではグループにいようと思いました」
デビューした翌年の2017年、18thシングル『逃げ水』で大園桃子と共に初選抜にして初センターを務めた。
「あの頃は必死過ぎて、あまり自分のことも周りのことも見えていなかった。とにかく『頑張る!』という気持ちしかなかったです。
でも、グループに入ってから出会った人たちが、今の私をつくってくれたんだなって、すごく感じます。メンバーの先輩、後輩、同期もそうだし、メイクさん、衣装さんを含め、グループ全員と出会えたこと。私の人生の最大の転機は、間違いなく乃木坂46に入ったことです」