地方の裕福でない少年が味わった衝撃 野球少年が料理人を目指した理由は?
2つめは、今ではコンビニの定番商品になっている、冬のお楽しみ。
「これは確実に、小学校の3年生か4年生のとき、母がコンビニで買ってきてくれた、井村屋さんの肉まんです! これも、なにしろ田舎だったから入ってきたのが遅くて、テレビで見るたびに『おいしそうだなぁ』と憧れていたのですが、実際に食べてみたら、ふわふわのほかほかで(笑)。底の紙にくっついた皮も、もったいないから食べるわけですよ。中に入っているお肉がまたおいしくてね。確か、1個60円でした」
フライドチキンと肉まん——。今となっては特別ではないけれど、少年だった彼にとっては、何よりのごちそうだったに違いない。
「どちらも、今でもときどき食べますよ。大人になったので、肉まんはちょっとお高い方を買っちゃいます(笑)。ピザまんとカレーまんも、おいしいですね」
そんな達也少年が、初めて“誰か”のために作ったのは、10歳の時。母親が作っていたのを思い出しながら、友だちに振る舞った炒飯だったという。
「小学校の卒業文集に『コックになりたい』って書いているんですよね。ただ、ずっと野球をやっていたので、小学生の時には『大人になったらドラフトに呼ばれてジャイアンツに入りたい』というのが第1志望。でも高校生になる頃には夢破れて、『そうだ! 小学生のときにやりたかった料理の道に進もう!』と」
高校を卒業後、大阪あべの辻調理師専門学校でフランス料理を学び、フレンチやイタリアンはもちろんのこと、日本料理、学生時代にアルバイトしていたお好み焼き店など、ジャンルを超えた料理を身につけた彼は、自身のレストランのオーナーシェフを務めながら、テレビなどのメディアでも大活躍。“食”の楽しさを我々に教えてくれた。
「僕ね、食べることは、楽しいことだと思うんです。別に高価な食事じゃなくてもいいんですよ。自分でパパッと作るものでもいいし、近所のお店の定食でもいい。『おいしいなぁ』というものを食べたときは気持ちが躍動するし、元気になりますよね。その楽しさを大事にしてほしい」