作品作りからうかがえる“読者への思いやり”

 本作の舞台は、米崎県という架空の街である。

「私は、地理が苦手なんですね(苦笑)。そんななかでも実在の地名を出したときに、現地の方が読んでも違和感がないようにしたいですし、“これ違うな”って違和感を覚えるくらいだったら、架空の街の方が私も自信を持って描き切れるというのがあったんですね。とはいえ、モデルになった土地はあります。ただ、ミステリーできな臭い話でもあるので、実際の地名は控えた方が良いんじゃないかと、配慮した部分もありましたね」

 実際に筆を進めるにあたり、相当な苦労があったそうだ。

「物語を構築するうえでは、主人公が結末までこちらの考えた通りに、真っすぐに動いてくれれば楽ですよね。ですが、今作で言えば“泉のキャラなら、真っすぐじゃなくてきっと別の方に行くだろう”と。泉をこのタイミングで泣かせたいけれど、書き進めていくうちに、“きっと泉はここでは泣かない”となったときに、そのシチュエーションに合うエピソードやシーンを書き加えていく……そういった意味では、私も泉と一緒に悪戦苦闘しながら、事件解決まで伴走したって感じでしたね」

 そして今回の映画化である。主人公の森口泉を杉咲花さん、泉のバディ的存在となる年下で同期の磯川俊一を萩原利久さん、泉の上司で元公安の富樫隆幸を安田顕さん、県警捜査一課の梶山浩介を豊原功補さんが、それぞれ扮(ふん)している。原作を読んでから映画を見ると、原作イメージ通りのキャスティングで、まるで当て書きでもしたかと思われるくらい見事にハマっている。

「ときどき、キャラクターにモデルっているんですかって聞かれることがあるのですが、私の場合は全くないんです。テレビを拝見する機会は少ない方ですし、そもそもが人の名前を覚えるのが苦手ということもありまして。
 以前、大先輩である小説家の北方謙三さんがおっしゃっていたんですが、“キャラクターは明確に書かない”と。例えば“いい女”というのは、読者が思い浮かべる“それぞれのいい女”があるからだとおっしゃっていて。
 つまり小説って、“読者が想像する楽しみ”っていうのが一番の醍醐味(だいごみ)だと思うんです。そこで具体的に“この人”って思って書くと、きっと読者の方が想像する余地が狭まっちゃうと思うんですよね」

柚月裕子 撮影/冨田望

柚月裕子(ゆづき・ゆうこ)
1968年生まれ、岩手県出身。‘08年『臨床真理』(宝島社)で第7回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。’13年『検事の本懐』(宝島社)で第15回大藪春彦賞、‘16年には『孤狼の血』(KADOKAWA)で日本推理作家協会賞(長編及び連作短編賞部門受賞)。同年には『慈雨』で「本の雑誌が選ぶ2016年度ベスト10」で第1位を獲得した。他の著書に『盤上の向日葵』(中央公論新社)、『合理的にあり得ない』(講談社)、『月下のサクラ』(徳間書店)、『教誨』(小学館)、『ミカエルの鼓動』(文藝春秋)、『風に立つ』(中央公論新社)などがある。

◆作品情報
映画『朽ちないサクラ』
https://culture-pub.jp/kuchinaisakura_movie/
原作:柚月裕子『朽ちないサクラ』(徳間文庫)
監督:原廣利
脚本:我人祥太、山田能龍
出演:杉咲花、萩原利久、森田想、坂東巳之助、駿河太郎、遠藤雄弥、和田聰宏、藤田朋子 豊原功補、安田顕
配給:カルチュア・パブリッシャーズ
(C)2024映画「朽ちないサクラ」製作委員会