『夏のクラクション』『め組のひと』の詩情

 一般的にJ‐POPはメロディーを先に作り、メロディーに合わせて後から詞を書くと言われますが、僕らの創った曲はそうでもないものも多い。ヒット曲に一般的なセオリーが当てはまるとは限らないのです。

『夏のクラクション』は、僕の実際の体験やその記憶がもとになっています。すべての海沿いのカーブにはドラマが潜んでいる、とクルマ好きの僕は三浦半島を南下する国道134号線を佐島に向かって走りながら、ふとそう思ったんです。それが原点です。記憶の中に息づいている匂いとか、感触とか、色や風を思い出したときに誰でも感じる肉感的な生々しさってあるじゃない、それがポエジーにいちばん近いんだ。僕は作詞家だから言葉にするけれど、何か素敵なことや悲しいことを思い出すとき、心の中でみんなが感じる詩情は同じものだと思います。

『め組のひと』も、僕が目にした光景を描きました。歌詞に登場する渚は、おそらく僕の記憶の中の新島です。当時、夏になると、若者がどっと押し寄せる人気のビーチで、可愛い子が多いって噂でしたが、新島って書いちゃうとリアルすぎて身も蓋もないからね、そこは隠しておかなくちゃ面白くないんだ。自分の肉体の記憶にアクセスし、取捨選択をしていくのです。いわば、売野AIみたいなものが(頭を指さし)ここにあるんです」

売野雅勇 撮影/杉山慶伍