『週刊プレイボーイ』の記者を経て1999年『教習所物語』(TBS系)で脚本家デビューした映画監督の内田英治。ずっと「映画を撮りたい」と思いながらも映像制作会社、雑誌記者と紆余曲折した彼が念願の映画の仕事を始めるまでの「THE CHANGE」とはーー。【第1回/全2回】 子供の頃から、映画とはなじみがあったんです。僕は生まれがブラジルのリオデジャネイロなんですが、家族で日本に帰ってきたら、小学校でガッツリといじめられまして、行き場をなくしたんですね。そこで、逃げ込んだのが近所の映画館です。 僕にとって映画館は夢の世界でした。このときの思い出が、僕の原体験となっています。今、映画を作っているのは…
- 25年ぶりに、願いをかなえることができた
- 【画像】映画を作ることへの情熱を語る内田英治さん
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