「“どれだけの重圧と責任を背負われていたんだ”って重みを…」
憧れたスターと同じ舞台に立つ喜びを噛みしめていた湖月さんの宝塚人生は、サプライズの連続でもあった。初舞台を踏んで星組に配属されたが、10年目の1998年に新設された宙組のメンバーに選ばれる。組カラーがそれぞれ異なる4つの組から集まって、ゼロから新しい組を作る、110年の歴史の中でも稀な経験をした。
「皆、戸惑いもありました。前にいた組とは立ち位置も変わります。私も星組では中堅くらいの学年だったのが、宙組ではわりと上級生になりました。自分の居場所をどう作っていけばいいのか皆手探りでしたが、やっぱりトップさんの人柄で組の雰囲気って作られていくんですね」
そうして宙組の熱気を実感したのが、宝塚大劇場お披露目公演のショー『シトラスの風』のワンシーンで披露した楽曲『明日へのエナジー』だ。今でもイベントで歌い継がれる名曲でもある。
「振り付けの謝珠栄先生が“みんなで作るんだよ!”とガンガン引っ張ってくださって、ダンスチームもコーラスチームも関係なく、全員で汗だくになって歌って踊っていました。そのセンターで、トップの姿月さんが誰よりもロングトーンで声を出していて。もちろん目一杯に踊っているのに全然疲れを見せないで、すごいエネルギーを出していました。あの背中を見たら絶対に“私たちも頑張らないと!”ってなります。“この団結力が宙組の源なんだ”と実感しましたね」
今回、その姿月さんとも共演できたことにも「私も後にトップを経験して“あの頃どれだけの重圧と責任を背負われていたんだ”って重みを実感しました。今でも尊敬の思いしかないです」と感慨深げ。ところが2000年、彼女の退団で宙組の体制が変わった直後に湖月さんは、組に所属しない「専科」に異動となった。