『マトリックス』シリーズ『ハリー・ポッター』シリーズの配給を統括し、『るろうに剣心』『許されざる者』で製作総指揮を務めたワーナー元社長、ウィリアム・アイアトン。
2393億円という空前の興行収入を叩き出した稀代のヒットメーカーが、その半生と映画ビジネスの深淵、そして世界基準の仕事術を綴った著書『日米映画の架け橋 ラストサムライ 2393億円の男』(双葉社)を上梓した。
インタビューサイト『双葉社 THE CHANGE』のシリーズ連載では、日米のトップスターたちの知られざる素顔や、歴史的メガヒットを生み出したビジネスの熱狂を、彼の証言とともにひも解いていく。
大きな反響を呼んだ第1回では、巨匠クリント・イーストウッド監督と当時アイドルとして絶頂期にあった『嵐』二宮和也のエピソードが明かされた。それに続く第2回では、『硫黄島からの手紙』の重厚感を支えた主演・渡辺謙のエピソード。役作りに魂を捧げる彼は硫黄島ロケへ、ある「特別な水」を持参していた。しかし到着後、思いがけないトラブルが発生し、1分1秒を争う撮影がストップしてしまう。緊迫の現場で、巨匠イーストウッドが見せたのは怒りではなく、深いリスペクトに満ちた“静かなる対応”だった。
栗林中将の足跡を辿る、名優の圧倒的な覚悟
前回お話しした通り、『硫黄島からの手紙』での二宮和也さんの起用は素晴らしい奇跡を生みました。また彼とは、アメリカでの撮影時、私にとっても忘れられないエピソードがあるのですが、その時のことについては著書に譲ることにしましょう。
さて、この『硫黄島からの手紙』はクリント・イーストウッド監督にとっても、私にとっても、並々ならぬ決意のもとに始まったプロジェクトでした。臨場感あふれる作品の柱となり、全体の重厚感を支えていたのが、栗林忠道中将を演じた主演の渡辺謙さんです。
謙さんは当時、すでに『ラスト サムライ』で高い評価を得てハリウッドでの地位を築いていましたが、この作品に臨む彼のプロ意識と覚悟は凄まじいものがありました。彼は単にセリフを覚えるという次元ではなく、栗林中将という一人の人間の魂をその身に宿そうとするかのように、役作りに没頭していたのです。
撮影が始まる前、謙さんは栗林中将の故郷である長野県を訪れ、中将の生家でお墓参りをされたといいます。かつて硫黄島で戦った兵士たちは、極限状態の中で凄惨な地上戦を戦い抜きました。「どれほど故郷の水を飲みたいと願いながら倒れていったか。その無念の魂に寄り添いたい」——そう考えた謙さんは、中将の生家のある長野で自ら汲んだ「故郷の水」をボトルに入れ、大切に硫黄島へと持参されたのです。
それは映画の小道具でも演出でもなく、謙さんが一人の人間として、自分が演じる栗林中将と、あの島で散っていった日本兵の御霊に捧げるための、何よりも神聖な水でした。