大相撲秋場所が終盤戦に入り、連日大きな盛り上がりを見せている。中でも注目を集めているのが、ウクライナ出身の大関・安青錦(安治川部屋)だ。場所前に痛めた左足首のケガを抱え、足を引きずる仕草を見せながらも、驚異的な精神力で本来の低い相撲を展開。中盤の3連敗から怒涛の6連勝を飾り、12日目を終えた時点で9勝3敗と見事に勝ち越しを決めた(9月24日現在)。単独首位を走る大の里(1敗)を2差で追う不屈の姿に、胸を打たれるファンも多い。
 182センチ、142キロの安青錦は角界では「小兵」と呼ばれるが、昭和後半から平成初期にかけて、彼よりもさらに軽い120キロ台の体重で「大横綱」として君臨した男がいた。
  優勝31回、53連勝。鍛え抜かれた鋼の肉体と鋭い眼光で、日本中を熱狂させた「ウルフ」こと、第58代横綱・千代の富士である。現役引退後は九重親方として大関・千代大海らを育て、「名伯楽」と呼ばれたウルフがこの世を去って、まもなく10年になろうとしている。

横綱・千代の富士土俵入り(1991年1月4日 明治神宮) 撮影/松田嘉徳
千代の富士関の油絵の前でほほ笑む元九重親方夫人の秋元久美子さん。独身時代はモデルとして活躍し、現在、次女の秋元梢さんは、モデルとして活動している。撮影/松田嘉徳

1日500回の腕立て伏せで作り上げた「鋼の肉体」

 北海道出身の千代の富士(本名:秋元貢)は、入門当初から度重なる肩の脱臼に苦しめられていた。しかし、それを克服するために1日500回もの腕立て伏せを行い、関節を筋肉の鎧で固めるという血の滲むような努力を敢行。そうして作り上げた筋骨隆々の肉体と、類まれなるスピード、鋭い上手投げを武器に、当時の大型力士たちを次々と圧倒していった。

 千代の富士の横綱への階段には、常に強大なライバルたちが立ちはだかっていた。
 最大の「高い壁」であったのが、怪童と呼ばれた大横綱・北の湖だ。1981年(昭和56年)初場所の千秋楽、14勝1敗の相星で迎えた伝説の初優勝決定戦。

 千代の富士は鋭い立ち合いから右四つに組み、北の湖の巨体を鮮やかな「上手投げ」で転がして悲願の幕内初優勝を成し遂げる。この一戦の瞬間最高視聴率は実に65.3%を記録し、日本中がウルフフィーバーに沸き立った。 同年7月場所でも北の湖との相星決戦を制し、第58代横綱への昇進を決定づけた。

 一方で、千代の富士が最も苦しめられた最大の宿敵が「おしん横綱」と呼ばれた隆の里である。1983年(昭和58年)秋場所、両者14戦全勝で迎えた千秋楽。千代の富士は猛攻を仕掛けるも、隆の里の強固な「おっつけ」と強靭な腰に阻まれ、最後は「つり出し」で敗北。ウルフの天敵としての恐ろしさをまざまざと見せつけられた名勝負として語り継がれている。

 また、2メートル近い巨体を誇る若き刺客・北尾(のちの横綱・双羽黒)とのパワー勝負でも、王者の意地を見せた。1986年(昭和61年)の名古屋場所や九州場所での1敗決戦では、巨大な相手を真っ向から寄り立てて圧倒的な力の差を見せつけている。