日本中を熱狂させた大横綱・千代の富士が逝去した後、相撲部屋としての「九重部屋」は直弟子の元大関・千代大海(現・14代九重親方)に継承され、葛飾区の新たな建物へと移転した。そこでは今も師匠が掲げた「千代魂」が若い力士たちに受け継がれている。
一方で、墨田区に遺された旧九重部屋の建物、多くの力士たちが血と汗を流したその神聖な場所は、千代の富士の遺族たちの手によって、新たな集いの空間へと「CHANGE」を遂げていた。
本物の土俵を眺めながら味わう伝統の味
2023年2月、旧九重部屋を改築する形で開業したのが『ちゃんこ千代の富士』だ。店のおかみを務めるのは、部屋のおかみさんだった、元九重親方夫人の秋元久美子さんである。
「九重部屋の雰囲気を生かして、食事をしながら、土俵を2面から見られるような作りにしました。昨今のインバウンド需要で、外国人のお客様も多くいらっしゃるので、テーブルと椅子でゆっくりくつろいでいただけるように、4人用のものを10卓準備しています」(秋元さん)
店の中心に鎮座するのは、かつて横綱・千代の富士が血と汗を流し、数々の力士を育て上げた本物の土俵だ。レプリカではない、歴史そのものである神聖な空間での食事は、他では決して味わえない感動と興奮をもたらしてくれる。力士たちの息遣いさえ聞こえてきそうな、圧巻の臨場感がそこにはある。
現役時代の千代の富士関は、食が細く1度に多くの量を食べることは難しかったものの、実は大の美食家。全国各地からおいしい食材を集めて、たくさんの種類を少しずつ食べるのが好きだったという。
そんなウルフも愛したお店で提供するちゃんこ鍋は、まさに九重部屋で力士たちに振る舞われてきた伝統の味そのものだ。要となるこだわりの出汁には、鳥取県の名峰の麓で育てられた銘柄鶏「大山鶏(だいせんどり)」を使用している。元部屋のちゃんこ番が腕を振るうスープは、鶏や豚、野菜の旨味が凝縮した、上品かつ深みのある塩ベース。飽きのこない洗練された味わいは、素材の良さを知り尽くした本物の証と言えるだろう。
「九重部屋で長年受け継がれている、秘伝鶏塩出汁は、主人も大好きでした。さまざまな素材の味を引き出してくれて、体の奥まで染み渡るんですよね。疲れが出る夏場にこそ、食べていただきたい鍋です」とは、秋元さん。