1948年、横浜生まれ。高校時代から国内、海外をヒッチハイクで旅し、大学卒業後、東南アジアを放浪。バリ島で1年を過ごしたのち、オーストラリアに渡り、1988年まで16年滞在。現在、作家としても活躍し、独自の生き方や世界観が若者やアーティストからも熱く支持されているロバート・ハリスのTHE CHANGEとはーー。【第2回/全2回】

ロバート・ハリス 撮影/有坂政晴

 一度帰国して上智大学国際学部に入学したものの、2年で中退し、今度はアメリカ本土へ。カリフォルニア大学リバーサイド校に留学しましたが、ここも長続きしませんでした。当時のアメリカはベトナム戦争のまっただ中。暇つぶしに見た映画が『イージーライダー』(69年)だったりして、ヒッピーカルチャーにどっぷり浸かっていきました。

 これはヒッピーになるしかないと、はいていた靴を捨てて、素足で歩き始めたほどです。出会った彼女と早々に初婚になって、彼女が反戦運動で逮捕されると、保釈中に「日本に来ない?」と一緒に帰国して、今度はギリシャに飛んで、作家生活をしようと、20代の夢想の生活は驚くばかり。そして1971年にオーストラリアのシドニーにたどり着き、この英語圏ののんびりした生活が性に合って、ついにここで16年間過ごすわけです。

 オーストラリアでは、離婚、再婚、出産、離婚を経験しましたが、書店の店長として、2年ほどはサラリーマン生活もやっていました。でもある日、駅の鏡に自分のスーツ姿を見て、「これで人生終えるのはおかしい」と思って、その日に辞表を出してしまいました。友人に「自分の店を持ちたい」と相談すると、「だったら、ここで書店を経営すれば?」と店を提供されて、書店「エグザイルス(放浪者)」のオーナーになれました。あの頃は、作家になりたい、映画監督になりたいなど、無謀な願望が先走っていましたよ、30代ですからね。その夢の通り、後に作家としてデビューし、『人生の100のリスト』をはじめとした著作を世に送り出すことになります。

 ギャンブラー生活にも憧れて、1年ほどは無職。ポーカーなどギャンブルで生活費を稼いでいました。作家ヘミングウェイの影響だったか「生涯に一度は刑務所に入ってみろ」の教訓に従って、駐車違反がとてつもなく累積して逮捕され、「今すぐに20万円支払うか、刑務所に3日間収監されるか」と問われて「じゃあ、刑務所に入る」と。