近代日本の転換点にもなった歴史的事件と祖母の関係

 ばあちゃんは西南戦争(1877年)の経験者でした。田原坂で劣勢になった薩摩軍が九州山脈から逃避行を始める、その入口が阿蘇谷で、阿蘇谷に逃げ込んだ薩摩軍を政府軍が追いかけて討ち取ろうとする。

 ばあちゃんは子どものときにその光景を蔵の中から見て覚えているわけ。鬼の叫び声の「さつはおらんか」は「薩摩はおらんか」だった。ばあちゃんはそのときのことを話していたんですね。

 その謎が解けたとき、震えるぐらい嬉しくてさ。放課後に夢中で「うちのばあちゃんは西南戦争を目撃したんだ」って同級生たちに話したんだけど、ところがみんな西南戦争は知らないわ、西郷隆盛は知らないわ。俺が夢中でしゃべってると「やかましい!」って言われてさ。こっちは世紀の大発見したつもりで話してるのに、全然ウケない。

 ここで武田少年は教訓を得るんですね。「詳しいことだけじゃ人は感心してくれない」ことを。どんなに詳しい話をしても、興味を持ってくれる人の前にいかないと、受け入れてもらえないっていう現実を知るわけです。

 私と同じような悩みを持ってた偉人が、トロイ戦争の遺跡を発見したドイツの考古学者のシュリーマン。小さい頃に聞いた「トロイ戦争」のおとぎ話を本当にあった話だと信じて「トロイ戦争は本当にあったんだ」ってどんなに熱く語っても、実際に遺跡を発見するまでは誰も相手にしてくれなかった。

「俺のこの孤独はシュリーマンと同じだ」

 12歳でそんなこと考えてるんだから。自分でも“ヘンなところがあるな”と気づいたのが、このときあたりから。