「後半は誰も言うことを聞かなくなったって(笑)」育ての親・当時のプロデューサーとの再会
寺岡 このアルバムを制作するのに個人的に大きかったのは、当時のプロデューサーだった蛎崎(広柾)さんとの飲み会に呼んでもらって、そこでいろんなお話ができたのがすごく良かったんですよね。
岡本 当時はよく蛎崎さんのところにメンバーで集まって曲をつくったりとか、つくってきた曲を出し合ったり、コーラスの練習をしたりしてたんですよ。
寺岡 (男闘呼組の)後半は誰も言うことを聞かなくなったって(笑)。
全員 (笑)。
高橋 僕らの育ての親だからね。15歳くらいのときからヴォーカルトレーナーとして蛎崎さんは一緒にいてくれたから。そこから始まってるからね。
成田 蛎崎さん自身もグループサウンズのヴォーカリストとして活動されてた経験もおありだったんで。
岡本 男闘呼組の曲にも蛎崎さんがコーラスで参加してくれた曲があって、そのオリジナルには彼の声が入ってるんですよ。で、歌詞には表記されないノリ一発の追っかけコーラスとかも曲中にあって、今回レコーディングするのに、ここなんて言ってるんだろうって(笑)。
高橋 そうそう(笑)。スタジオでその部分だけ抜き出して、何を歌ってるのかって全部聴き直して、解読していったんですよ(笑)。でも改めて思ったんだけど、蛎崎さんと、もう一人アレンジャーの松下さんとのコーラスがシンセサイザーみたいな感じで入ってて、実は男闘呼組サウンドのなかでかなり重要な役割を担ってたんだなっていうのもわかりましたね。
前田 みんなで蛎崎さんと食事したときも、俺はいつ呼ばれるんだって言ってました(笑)。