80年代からピン芸人として第一線を走り続けてきた山田邦子さんが、乳がんだと診断されたのは46歳の時だった。「私、死ぬの?」—— “元気印”だった山田さんの価値観がCHANGEしたできごととは。【第1回/全3回】
46歳で乳がんの手術をしてから、来年で20年。当時は慌てましたよ。私はずっと元気印担当だったのに、急に「がん」。祖母が乳がんだったのですが、たとえがんになるとしても、もっと年を取ってからだと思っていました。20年前は今ほどがんに関する情報もなく、周囲からの理解もなく……。
まさかの日は突然来るもので、お医者さんからは「8年ぐらい前にがんができていた」と言われました。38歳といえば、がむしゃらに走りっぱなしだった頃です。暴飲暴食を繰り返し、徹夜が続いても全然平気。お弁当をかき込めば2時間ぐらい起きていられるからと、早朝から深夜まで、番組が用意してくださったお弁当を年間1000食ぐらい食べていました。いくら一個一個が良いお弁当でも、一日の栄養バランスはめちゃくちゃ。体調も悪くなるというものです。ただ当時は、無理をしている自覚もない。体力はもちろん、「健康」を過信していました。
がんがわかったきっかけは2007年4月、ゲスト出演した『最終警告! たけしの本当は怖い家庭の医学 スペシャル』(テレビ朝日系)です。乳がん特集回で、お医者さんからセルフチェックの方法を学んでいた時のこと。梅干しの種が入っている模型を指で押して、「これが乳がんです」と教えてもらった後、自分の胸を触ってみたら、右の上に同じようなものがある。