“透明感”という言葉が、こんなにも似合う人がいるだろうか……。今回、双葉社THE CHANGEで原田知世さんにインタビューを行った際、まずその抜けるようなピュアネスに息を呑んだ。
原田さんが主演した映画『時をかける少女』(1982)や『私をスキーに連れてって』(1987)は今なお、愛され続けている。俳優業と並行して続けているアーティストでも多くファンを持つ。
オンリーワンの存在感できらめく、原田知世さんの人生が一変した“THE CHANGE”とは?【第1回/全3回】
長崎県に住んでいた少女が、突然、1982年、ドラマ『セーラー服と機関銃』(フジテレビ系)で主演デビュー。以降、あどけなくも瑞々しい存在感で映画ファンを魅了し、主演するドラマや映画の主題歌を歌えばヒット曲となり、1985年には『第36回NHK紅白歌合戦』への出場も果たした。
そんなシンデレラストーリーを地で行く原田さんの“THE CHANGE”に迫ると──。
「やはり、14歳でオーディションを受けたことが人生最大の“THE CHANGE”です。もし、あのオーディションを受け、特別賞をいただいていなければ、故郷の長崎でずっと過ごしていて、いわゆる普通の毎日を送っていたんだろうと思いますね。
私が受けたのは、映画『伊賀忍法帖』(1982)のヒロインを発掘するオーディションで、それを受ければ主演の真田広之さんに会えるかもしれない……そんな想いだけでした。あのころの私は、映画を見てすっかり真田さんのファンでしたから(笑)。
長崎に住む私にとって、東京は遠い場所にある大都会で、芸能界はテレビや映画の中の世界。私はもちろんですが、周りでも芸能界を目指してる人はいませんでしたから。ほんとに軽い気持ちで受けたオーディションだったわけです。人生って何があるか分からないものだし、今の私を見たらあの頃の自分が一番驚くと思います」