きっかけは専業主婦のときに言われた夫のあの言葉

 そしていまや、2018年に刊行された『三千円の使いかた』(中央公論新社)が2022年には売上累計90万部を超えベストセラー作家となり、あのとき「最後の勝負」と挑んだ小説家の世界で安定した地位を築く。

 結婚直後、夫から「一生続けられるような、趣味でもいいしボランティアでもいいし、仕事につながることでもいいから、そういうのを探してみたら?」と言われたことでライタースクールに通ったこともあったが、当の夫は、原田さんの現状を、どう感じているのだろう。

「夫は多分、ボランティアとかテニスとか、そんな風に友達と一生一緒にやっていけるようなものをイメージしていたと思います。“仕事になったらそれはすごくいいことだし、ならなかったとしても一生の友達ができればいいよね”みたいな。だから”ちょっと思っていたのとは違う”という思いはあるかもしれませんが、”まあ良かったんじゃないの”みたいな感じで言われたことはありますね」

ーーまさかこんな風にベストセラー作家になるとは。

「それはまったく思っていなかったと思います(笑)」

 そのときどきの転機を軽やかに乗りこなした原田さんだからこそ、「人生はなにが起きるかわからない」というシンプルな言説をポジティブに体現できたのかもしれない。

原田ひ香(はらだ・ひか)
1970年生まれ、神奈川県出身。2005年、『リトルプリンセス2号』で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞受賞。’07年、『はじまらないティータイム』(集英社)で第31回すばる文学賞を受賞。’18年に上梓した『三千円の使いかた』(中央公論新社)がロングヒットを記録し、’22年時点で累計発行部数90万部を超え、’23年に第4回宮崎本大賞を受賞した。最新作は、定食屋を舞台にした心に染みる人間物語『定食屋「雑」』(双葉社)。

●新刊情報
『定食屋「雑」』
真面目でしっかり者の沙也加は、丁寧な暮らしで生活を彩り、健康的な手料理で夫を支えていたある日、突然夫から離婚を切り出される。理由を隠す夫の浮気を疑い、頻繁に夫が立ち寄る定食屋「雑」を偵察することに。大雑把で濃い味付けの料理を出すその店には、愛想のない接客で一人店を切り盛りする老女〝ぞうさん〟がいた。沙也加はひょんなことから、この定食屋「雑」でアルバイトをすることになり——。個性も年齢も立場も違う女たちが、それぞれの明日を切り開く勇気に胸を打たれる。ベストセラー作家が贈る心温まる定食屋物語。