「毎日、自分がどこにいるのかわからないほどの忙しさでした」
美容師では店を持ちたいとか、夢を持てなかったんですね。お笑いの方が面白いなと思って、美容院はやめました。とはいえ芸人のことは最初、親には隠していて、ホリプロにはお世話になりました。でも見切り発車で始めたから、ずっと霧の中を走る電車みたいなもの。付け焼き刃で渡っていける世界じゃないことも痛感していたので、お笑いを本当に職業にしていいのか悩む瞬間もあり、一旦冷静に考えようと思って辞めました。怒られちゃいそうだけど、芸人としての目標も特になかった。ふわふわしているままではいけないと思って、辞めた後は小さいライブにコツコツ出ていました。
フリーだった時に出た『R-1ぐらんぷり』も、第1回(2002年)は西日本でしか放送していなかったので、親は見ていないんです。まあでも、番組の打ち上げでスカウトしてくれた吉本興業の方が「お子さん優勝しましたよ」と実家に電話して、バレました(笑)。
吉本では月15日ぐらい劇場に立たせてもらって、すぐに『エンタの神様』(日本テレビ系)が始まって、毎日、自分がどこにいるのかわからないほどの忙しさでした。相変わらず自転車操業でしたが、見たものの数だけ「どうでもいい」ネタはあると思っていたので、寝ないで考える日々。睡眠時間はせいぜい移動中です。当時心がすさんでたなと思うのは、住んでたマンションの前が公園だったんですけど、夏になるとセミがすごい鳴くんですよ。それにイラついてました。「私の睡眠時間削るんじゃないよ」って。