「仕事に執着はなかったけど、子どもという存在に執着していました」
完全なる“ぽっと出”だったから、私を嫌いな人も多かったと思いますよ。しかも当時はまだまだ女芸人が少ない。ボッチで、男の社会が怖かったので、極力存在を消していました。舞台の出番前はギリギリまで袖のカーテンにくるまって、隠れてましたしね。戦う相手は男性ばっかりで、正直面倒くさいことは多かったです。ただでさえ女芸人は風当たりが強いうえにアイドル的な人気の男性芸人がいたりすると、ファンの人に嫌がられるし。やめてしまえという手紙を受け取ったこともあります。
そうこうしているうちにネタ番組がどんどん終了していき、そこからは自分の趣味に走りました。私のネタは使い捨てだったし、番組はいつか終わると思っていたので、そこへの執着はあまりなかったかな。私は文房具が好きなので、文房具好きを集めてライブやって、そこに来た人と結婚しました。それが38歳の時です。
元々子どもが欲しいという強い願望があったわけではなかったのですが、しばらくして夫のおばあさんが亡くなった時、「ああ、子供見せてあげたかったな」と思ったんですね。それで妊娠を考えるようになったら、全然うまくいかない。何度も流産するし、タイムリミットが刻一刻と迫ってくるようで、毎月年を取るのがもう怖くて怖くて。
不妊治療が今ほどメジャーではなく、どこか言いづらい空気でもあったので、取り立てて公表はしていませんでした。「最近テレビで見ないね」と言われても、それは当たり前です。私、時間がないので一旦消えます、忘れてもらって結構です、それよりも子供を産みたい。仕事は今の時代、SNSもあるし、自分で作ろうと思えば作れる。でも、子どもは作ろうと思っても作れないことがある。仕事に執着はなかったけど、子どもという存在に執着していました。
(つづく)