実質的なデビュー作となったドラマ『街角』(1993年)から30年以上。大河ドラマ『風林火山』の山本勘助や『真田丸』の徳川家康、『JIN‐仁‐』の坂本龍馬、そして大ヒット作『きのう何食べた?』の矢吹賢二まで、歴史上の偉人から市井のチャーミングな人物、そして強烈な人間ドラマの主人公までを唯一無二の存在感で演じ分けてきた俳優・内野聖陽。
2021年にはその類稀なる演技力と芸術的功績が評価され、紫綬褒章を受賞。名実ともに日本を代表するトップ俳優として第一線を走り続けている。
そんな内野が今回、映画『負けへんで』で挑んだのは、ある日突然、国家権力の巨大な闇によってすべてを奪われ、248日間に及ぶ不当勾留を強いられながらも、完全無罪を勝ち取るために反撃の狼煙を上げる不動産デベロッパー社長・藤堂繁だ。理不尽な絶望のどん底から、男はいかにして立ち上がったのか。 撮影前の原作者との劇的な出会い、そして役に魂を注ぎ込む独自の役者美学に迫る。【第1回/全4回】
国家権力への“正義の復讐劇”――原作者から感じ取った「反骨心」
「最初にお話をいただいた時、直感的に僕が劇団時代に演じた、アレクサンドル・デュマの『巌窟王(モンテ・クリスト伯)』が頭に浮かんだんです。無実の罪で暗い牢獄にぶち込まれた男が、過酷な絶望を生き延び、自分を陥れた者たちに牙をむいて復讐していく物語。今回の映画『負けへんで』の構造は、まさに現代の『巌窟王』そのものじゃないかと感じました」
鋭い眼差しでそう語り始める内野聖陽。本作は、大阪の不動産会社社長・山岸忍氏が検察特捜部のずさんな捜査によって冤罪逮捕され、創業した会社も社会的信用も奪われながら、最強の弁護士チームとともに有罪率99.9%の壁を打ち破った実際の事件を基にした逆襲エンターテインメントだ。
「だからこそ僕は、この役を単なる悲劇の被害者ではなく、無実の罪で閉じ込められた男が、釈放された後に国家権力という暴走した組織に対して仕掛ける“正義の復讐劇”として捉えたんです。
本木克英監督とプロデューサーから『実話をベースにしたフィクションのエンターテインメントとして作りたい』と熱いオファーをいただいたとき、僕の胸の中で『よし、やってやろう!』という強い炎が燃え上がりました」
役作りの第一歩として、内野が向かったのは京都。モデルとなった原作者・山岸忍氏との対面だった。当初は「実際の事件や人物の印象に引きずられすぎず、脚本から膨らませた自分のイメージの中だけで藤堂を演じ切ろう」と考えていた内野だったが、複雑な事件の背景や当時の業界の気風を知るため、直接会うことを決意したという。
「お会いしてみたら、もう一目で魅了されましたね(笑)。なんとステキな、人間味にあふれた方だろうと。すごく真っすぐで、人たらしで、本当に魅力的な方なんです。
同時に、激しい競争を勝ち抜いて会社を一代で東証一部上場まで押し上げた経営者ですから、身体の内側から湧き出る生気というか、凄まじいパワフルさがありました」
取材にあたり、内野は役者として「事件の裏にあった深い苦しみや悲しみ、弱音」を聞き出そうと試みた。しかし、そこで山岸氏が見せた姿こそが、藤堂という人物の核となった。
「『ここだけの話にしますから、当時の辛かったお気持ちや弱音を教えてください』とお聞きしたんです。でも山岸さんは、とにかく弱音を見せるのが大嫌いな、筋金入りの負けず嫌いな方で(笑)。結局、弱音についての話はまったく取材になりませんでした。
だけど、生き馬の目を抜くような体育会系の不動産業界でいかにパワフルに戦ってきたか、その熱量を聞いているだけで、僕の中で藤堂という男の血が滾ってきた。弱音を吐かないその反骨心こそが、彼を支えた最大の武器だったんだと確信しました」