「自分とは異なる考えを受け止めやすくなった」日本とは異なる文化の中で育まれた価値観
「だからこそ、自分がなぜそう思うかを伝え合うことが大事で、そこから健全な議論が生まれるんですよね。少し年齢が上がるとディベートのクラスもはじまるのですが、そうした素地があるから、普段の会話も、“私はこう思う。なぜなら~”、“分かったよ。だけど、私はこういう理由があるから、〇〇という意見なんだよね”といった対話が、日常になっていくんです」
ディベートというと、相手を言い負かすイメージを持つ人もいるだろうが、特定のテーマを議論することが目的で、論理的な思考や表現力を養うために行われる。少し前に流行(はや)った“論破”とは、似て非なるものだ。
「意見の違う人の話に耳を傾け、そう考える理由を知ることで、自分とは異なる考えを受け止めやすくなったと思います。みんなそれぞれ、自分にとって正しいと思うこと、正義に基づいて動いていると思うので、自分と意見が違っていたとしても、すなわち悪ではないんですよね。“正義はいっぱいあるんだ”という気づきや考え方は、いまの私の基盤になっているように思います」
突然の転居でカルチャーショックを受けながら成長していった当時、美雨さんはどんなお子さんだったのだろう。
「小さいころは、とっても生意気でしたよ。ふふふ。大人に囲まれて育ったので、ちっともかわいげがありませんでした。思春期になると暗かったですね、いろいろと変遷があります。あのころは、自分の世界にこもるような日々で、ナイン・インチ・ネイルズやマリリン・マンソンなどの(ダークでラウドなロック)バンドが大好き。
特に、ナイン・インチ・ネイルズのアルバム『ザ・ダウンワード・スパイラル』(1994年)がお気に入りでした。全身真っ黒の服を着ていたから、ある意味で文字通りの黒歴史(笑)。母親からすればそんな娘を心配もしたでしょう。なので、目を盗んでこっそりと聴いていました(笑)」