「喋れない自分にできることは何もない。だから、声帯は死守したかった」

 それが、いつの間にかもうすぐ60歳です。これといった信条もなく、「楽しくやろう」というだけで生きてきた。結婚前は2日酔いで収録に臨んだり、パチンコがやめられなくなって遅刻したり……自堕落でしたね。

 ベルトコンベアを次から次へとうまく乗り換えながら、人からの誘いは大切にしていたかな。僕は8歳で親父が亡くなった後、母が飲食店を開いて頑張ってくれた。母子家庭だったということもあってお店の常連さんたちに囲まれて育ったからか、小さい頃から人が好きなんですよね。大人になってもそれは変わらず、仕事が終わってどこに飲みに行くか、何をするかばっかり考えてた。『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』(日本テレビ系)では収録終わりにノリさん(木梨憲武)と一緒に毎回飲みに行ったり競馬場に行くのが楽しみだったし、『DAISUKI!』(日本テレビ系)では、ヒデと必ず飲みに行ってた。

 そんな僕が今も芸能界にいられることは、奇跡だと思っています。だからこそ、その居場所を失うのが怖い。声を失い、喋れない自分にできることは何もない。だから、声帯は死守したかったんです。

 たまたま入れてもらった浅井企画では、競馬なんてやってる場合じゃない、タップダンスとか映画を見るとか、自己研鑽に時間を使うようにと言われたけど、競馬だけはやらせてくれって頼み込みました。

 目標もなく、取り立てて夢もなく、流されるままに生きているけど、唯一やり続けているのが競馬。死ぬまでやっていたいのは、やっぱり競馬です。でも、競馬で負けて一生懸命働いていたら、JRAから仕事をいただいたり、1998年からは生放送番組『競馬予想TV!』(フジテレビONE)のMCをやらせていただいたりしていて、うまくできてるよね。がんのことは、正式に診断されてすぐの24年1月末、「競馬予想TV!」で公表させていただきました。

 がんが確定したものの、ステージ4の“レベル”がどういう意味なのか全然わかってない。だって、「級」は3級、2級、1級……と数字が小さくなるとすごいでしょ。「段」はその逆ですよね。がんのステージは1がすごいのか、4がすごいのかわからなかった。でも、治すにあたって1だろうが4だろうが、関係ないですからね。

見栄晴 撮影/河村正和